一匹オオカミは一匹で2026-05-07 20:47:00第一章 虫を眺める 彼はユクシと言う名のオオカミです。見た目の特徴というと、「少し明るい灰色の毛が生えている」というくらいしかありません。周りのオオカミが仲間と共に生活する中、ユクシはいつも少し離れた所で一人で生きています。ユクシは孤独であることを誇っていません。とは言っても仲間が欲しい訳でもありません。自分が孤独であり、周りよりも幸せでないと考えることがないのです。 ユクシは食事を済ませた後、いつも通り木の下あたりで寝ています。もちろん共に寝る仲間などいません。最近は少し冷たい風がよく吹くようになり、もうすぐ雪が降り始めるというところです。 少し経った後、寒いのか木の下から出て歩き始めました。目的はありません。ただ、落ち着かないのです。それからユクシは、あの場所が駄目だと考えよく寝る場所へ行って寝ようとしました。ユクシは常に冒険ができるためよく寝る場所がいくつもあるのです。いつも寝る場所というのはユクシが落ち着ける場所ということなのですが、その夜はなぜかどこに行っても寝れませんでした。結局その夜は、少し遠くで寝ているオオカミ達が見える場所で、よく見える向きで寝ました。その場所で寝る理由など、考えませんでした。 第二章 生きていけない 「自分というのは、いつになってもきっとどの群れに行っても馴染めないだろう」とユクシはたまに考えることがあります。自分が他のオオカミと違い、群れずに一匹で生きている理由を自分に問いたくなるからです。 実は過去に、一人でいることを心配されてとある群れが近づいてきたことがあるのです。その時ユクシは寝ていて、滅多に聞こえることのない足音が更に近くから聞こえて飛び起きました。自分も同じような姿だというのに、近づいてくるオオカミが全部恐ろしく見え、無心で逃げました。その後、これ以上ないほど後悔しました。あの時のオオカミ達の見え方からか、その後の後悔からかは分かりませんが、それから「二度と群れには近づかない」と更に周りとの見えない壁を作ってしまったのです。 第三章 気持ちが込み上げる 月が綺麗なある日の夜。薄い紺色に染まった真っ白い雪がもう地面を覆っています。ユクシは何となく寝ないで歩いていました。 その時、木の下でウサギが丸まって一匹で寝ているのを見つけました。いつも自分が寝ている時と同じような様子だったので、食べる気も起きずじっと離れて見つめていました。しばらく経ち、少しはっとして周りを見ました。よく考えると、そのウサギの家族や仲間らしき生き物は見つかりません。見た様子だけでなく、あのウサギの"日常"も自分と同じようなものだったのかもしれません。それなのに、自分と同じなのに、とてもあの小さな一匹のウサギに喪失感や状況への同情が込み上げてきます。あのウサギは死ぬ時でも一匹なのでしょうか。死ぬ時でさえ自分の大事な人は見守ってくれないのでしょうか。 結局、あのウサギには何もできませんでした。ユクシはそこまで気が利く男ではありません。いや、あのウサギは確実に寂しいはずなのに、「近づいてはいけない」と強く感じたのです。 第四章 死ぬ? 寝ている一匹のウサギを見てから一日経ちました。まだあのウサギを忘れられません。自分も一匹で死ぬのでしょうか。いつか自分が死ぬことで、いつも通りの日常が崩れてしまう仲間は自分には一匹もいないのでしょうか。このまま自分が死んだとしても、誰の心にも自分と悲しみは残らないのでしょうか。そうずっと考え続けました。 少し経ち、昨日の夜あのウサギがいた場所に戻ってみました。ウサギはいませんでした。きっと起きて移動したのでしょう。それだけのことなのに、また何か思うことがありました。 ユクシはいつもより重い考え事をしたせいか、軽く喉が詰まったような感覚が治りません。それどころか、詰まった喉の感覚を追い出そうとするほど段々とその感覚は吐き気に変わっていきます。 その日は、少しの草しか食べられませんでした。 第五章 何かを感じる 今日は月が出ていません。月がない日が何日に一回来るのかユクシには分かりませんが、ユクシはいつも月を見ながら寝るため、月がない日は少し気分が落ち込むのです。今日はどこで寝ようかと歩いていたところ、偶然にも、心配して近づいてきたあの日のオオカミの群れに遭遇しました。遠くだったので、あの日のように恐ろしい姿には感じません。あちらは自分のことを覚えているのか分かりませんが、こちらを見て少しだけ引っ掛かったような様子でした。ですがすぐにそっぽを向いて、歩いて行ってしまいました。ユクシは追いかけることはせず、今日はその場で寝ました。森の近くでしたが、今までここまで開けた場所で寝ることはありませんでした。 最終章 はない いつも月がある場所に、月と言えるのか小さくて細い曲がった何かが浮かんでいます。遠くにいる同族のオオカミの群れが見えました。それを見て何かひとつ、感じるものがありました。あの日のウサギを見た時と正反対の何か―、これを忘れない内に何かをしたい気持ち。ユクシは自分の居場所や存在を知られたくないので、滅多に吠えることはありません。それでも今日は、今までとは違います。ユクシは上を向き、勇気を振り絞って森の中で思いっきり吠えました。まるで、生まれてからずっとこの瞬間のために取っておいたものを今初めて見せるような気持ちでした。ユクシの人生で一回目の遠吠え。そして、人生で最後の遠吠えです。目を閉じて上を向いたまま、ユクシは少し爽快感を感じます。恐らく遠くにも聞こえているはずです。ユクシは吠えた後、警戒心とは言えない照れくささが少し出てきました。ですが、無かったことにしたいとは思いません。 その後しばらく経ち、ユクシは我慢の限界になりました。森の中から歩き、外に出ます。少し離れたところに、先程の遠吠えを聞いたと思われるオオカミの群れがいました。よく見ると、あの日の群れです。ユクシの目にはやはり恐ろしいような姿には見えません。遠吠えの主に気付いた群れは、ユクシの方をじっと見つめました。ユクシは怯むことなく一歩踏み出し、もう一度吠えました。小さな星と何かが浮かぶ空へ、真っ直ぐと遠吠えを響かせました。ユクシが遠吠えを終える前に、あの群れのオオカミも吠え始めました。やがて、沢山のオオカミの遠吠えがあたり一面に聞こえるようになりました。 しばらく経ってユクシは群れの方へ一直線に走り、とても近くまで来ました。ユクシは恥ずかしさや恐怖など一切感じません。ユクシは群れに入り、皆で走り出しました。ユクシは、これ以上ない楽しさを感じました。