カボチャの灯2026-03-19 11:28:21

ある村にはこんな言い伝えがあった。 ハロウィンの夜にだけ現れるカボチャの灯に願いを言うと叶えてもらえるという。 しかし願いを叶えるには何か大切なものを失ってしまうらしい。 「お姉ちゃん!今日も良いお天気だよ!」 雪は元気に言った。 「そうね、今日はとても良い日ね。」 雪のお姉さん、春はそう言った。 春は治らないと言われている病にかかっていた。 そんな春のことを雪は『絶対に私が治すから』という思いを抱いていた。 ある日雪はこんな会話を聞いた。 『願いを叶えてくれるカボチャの灯、今年こそ来てくれるはずよ』 『いやいや、もう2年も来ていないのよ。私たちの村はもう来てくれないわ。』 カボチャの灯…? 「ねえお母さん、カボチャの灯って一体なんなの?」 「カボチャの灯っていうのは、ハロウィンの夜にだけ来てくれて、願いを叶えてくれる妖精さんのことよ。あなたなにか叶えてほしいものがあるの?」 「別にー」 そう言ったが、ほんとはとても興味がある。ハロウィンはもう明日。絶対にお姉ちゃんの病気を治してもらうんだからね。 ハロウィン当日になり、村では毎年 「カボチャの灯様よ、どうかおいでくださいな」 といい火をつける。 去年までは参加していたが、今年の私は違う。 森の中を走り回り、もう疲れたと思ったその時、木の近くに何か光っているものを見つけた。 「カボチャの灯!?」 そういい私は光の近くまで走った。 カボチャの灯だ。どこか儚げな雰囲気を出している。 でも落ち着いていていられる。 「カボチャの灯様。私の姉は治らない病にかかっているんです。どうか治してください。」 「……あなたの願いは、たしかに受け取りました。」 優しく、それでいてどこか悲しげな声が、森の奥で響いた。 「えっと、自分の血を差し出さなきゃいけないんだった。」 雪は自分の小さな手にナイフを押し当て、流れた血をその灯の中心に差し出した。 オレンジ色の灯火がふわりと揺れ、血に染まった光が一瞬だけ眩しく輝いたかと思うと、すべてがふっと消えていった。 森の中には、もう風の音しか残っていなかった。 翌朝、春は目を覚ました。 体は嘘のように軽く、昨日まで続いていた痛みも、だるさも、まるで夢だったかのように消えていた。 「……え?」 声が出た。 体を起こすと、視界が明るく澄んでいる。 「お姉ちゃん!」と飛びついてくるはずの声が、どこにもない。 「春、調子が良さそうねぇ!」 母の言葉にうなずきながらも、春の違和感は消えなかった。 なにかが、足りない。 何か大切なものが……なくなっている気がする。 いや、誰か……。 その日の午後、春は部屋を整理していて、一冊のノートを見つけた。 それは、病気のときに自分がつけていた日記だった。 「今日はまた熱が出た。でも雪が冷たいおしぼりを持ってきてくれた。雪はほんとに優しい妹だ。」 「雪……?」 頭の中でなにかが弾けるように、記憶の断片が流れ込んできた。 小さな手で握った手。笑顔。泣き虫な声。誰よりも自分を想ってくれた、妹。 「…なんで……どうして、忘れてたの……?」 春は走り出した。 村の人たちに聞いても、 「雪?誰それ?」 としか返ってこない。 家族すらも覚えていなかった。 でも春の心には確かに、雪がいた。 村を飛び出し、あの森へ向かう。 ハロウィンはもう過ぎた後だったが、春はもう一つの言い伝えを信じていた。 「強い想いがあれば、カボチャの灯は、ハロウィンの日でなくても現れる――」 森を何度も巡り、願いを口にし続けた。 「お願い、カボチャの灯、もう一度、雪に会わせて……!」 そのとき、小さな灯が、ふわりと現れた。 「ほんとに願うのかい?」 「願うわ。お願い、私の妹を返して。私の大切な雪を!」 灯は静かにうなずき、橙の光が広がった。 その瞬間、春の胸に、何か温かいものが宿った。 次の日、春は村の外にある町へ向かった。 雪が、そこにいるという感覚があった。 駅の前、小さな公園で、春は雪を見つけた。 「…雪!」 その声に、雪がゆっくり振り返る。 「…誰?」 思い出していない。でも、その目が、泣きそうに揺れた。 春はそっと手を差し伸べた。 「私は…あなたのお姉ちゃんだよ。」 次の瞬間、雪は春に抱きつき、涙を流した。 「お姉ちゃん……!」 けれど、それは幸せな再会のわずかな時間だった。 その日の夕方。 雪は町で起きた通り魔事件に巻き込まれ、命を落とした。 春が病を治し、雪を思い出し、やっと巡り会えたその日のうちに。 そして、また一年が経った。 春は、あの日以来、毎晩夢を見る。 雪の声、笑顔、そして最後に見せた安らかな表情。 「また、会いたいな」 春の胸には、雪の残した日記があった。 まだ幼い字で綴られた、願いの言葉。 「お姉ちゃんが元気になりますように。私のぜんぶをあげてもいいから」 春はその言葉を何度も何度も読み返し、涙を流した。 ある年のハロウィンの夜。 春はまた、森へ向かう。 灯を探す旅ではなく、そっと祈るために。 「カボチャの灯様。 私は、もうなにも願いません。 ただ、あの子がどこかで笑っていますように。」 風が優しく吹いた。 オレンジの灯が、森の中にそっと揺れていた。 願いを叶える代わりに、大切なものを失う。 けれどそれでも、人は願ってしまう。 それほどまでに、愛おしい誰かのために。

—— ゆこ