題名なし2026-01-25 21:42:19あいつはなぁ……口数は少ないほうだったが、ほんとは気ぃ遣いの人間でな。 自分のことは後回しで、家のこと、周りのことばっかり考えてた。 若いころはそりゃあ頑固でな、言い出したら聞かん男だったよ。 わしらも、何度口げんかしたことか。 それでも年を取るにつれて、だんだん角が取れてきてな。 笑う回数も増えたし、人の話もよう聞くようになった。 弱いとこだけは最後まで見せんかったが…… あれは強がりじゃなくて、家族に心配かけたくなかったんだろうな。 具合が悪いのも、しんどいのも、ろくに言わんでな。 「まだ動ける」「大したことない」って、そんなことばっかり言ってた。 ほんとは、夜ひとりでいろいろ考えてたはずだ。 あいつがいなくなってから、家が急に広う感じる。 朝の物音も、夕方の気配も、どこか足りん。 そこにおるのが当たり前だった人間がいなくなると、 こんなにも心に穴が開くもんなんだなぁ。 もっと話しとけばよかった、もっと酒でも飲ませてやればよかった。 今さらそんなことばっかり思いよる。 けどまぁ……あいつはそんなこと、笑って流すだろう。 「十分だ」って、そう言う顔が浮かぶよ。 向こうでは、もう先に行った連中と一緒になって、 また昔話を何べんも繰り返しとるだろ。 わしらはここで、あいつの分まで、静かに生きていくだけだ。 それで、ええんだと思っておる。